棚蔵 | 高蔵寺ニュータウン空き家リノベーションアイデアコンペ


執筆:米田正彦


高蔵寺ニュータウン空き家リノベーションアイデアコンペ
対象住宅A
所在地:岩成台

(1)概要

1)棚蔵(ほうぞう)とは、愛知県春日井市高蔵寺地区に点在する民家の建築様式である。
「たなぐら」とも呼ぶ。また、同構法の木造家屋を、棚家「たなや」と称したり、単に、棚「たな」、蔵「くら」と呼ばれることもある。

2)棚蔵は、2015年頃に成立した、木造2階建の既存住宅の改修を主とする、建築とまちの再生プログラムである。


(2)歴史(起源・背景)

1)高蔵寺ニュータウン―発展と衰退
名古屋市近郊、春日井市東部の高蔵寺地区では、イギリスの「ニュータウン」を参考に、1960~1970年代にかけて、「高蔵寺ニュータウン」が建設された。建設当初は、計画どおり人口が増加したが、1990年代頃から、少子高齢化の問題など、国の人口問題に呼応するように、ニュータウンの人口は減少傾向となり、空家が目立つようになった。人口の減少は、交通機関、商店、介護、防犯、その他のコミュニティサービスへの影響など、様々な問題をはらむようになった。

2)問題解決の模索-「棚蔵」プログラム
これらの問題に対し、市民団体と春日井市と建築家グループが協働し、人口減少を止め、まちの活性化をはかるため、空家対策に乗り出した。そして、空家を賃貸・販売する方法として、「棚蔵」のプログラムが考案された。


(3)建築様式の特徴

1)スケルトン改修-既存遡及の問題解決
棚蔵は木造2階建ての住宅を改修した建築である。当時施行された耐震改修促進法、省エネ法に既存遡及するため、内部の壁仕上げをすべて剥がす「スケルトン」改修となる。構造用木材と耐震金物等による耐震補強を実施し、高気密高断熱をはかる必要があった。

2)減築
この工事は減築が主体である。減築は、少数単位世帯に対応する構法である。棚蔵への改修計画では、2階床を解体し吹抜とする大きな居間が形成される。

3)棚の取付け-趣味を飾る空間
減築により大きな吹抜がうまれる。居間であるこのスペースは、周囲に棚が設置される。週休二日制により、労働時間が少なくなり、趣味の充実が一般的になった1990年代から2000年代初頭における生活様式の変化が反映されている。居間の周囲に配置された棚には、所有者の趣味を中心にモノが陳列される。

4)棚の構造
棚には全て愛知県産材が採用されている。木製の棚によって周囲が囲まれる居間は、木材の表面積が極めて大きく、室内空気環境の調湿効果に寄与している。

5)バリアフリー
所有者の高齢化を考慮し、バリアフリー化がはかられている。主に1階で生活する様式が考慮された建築様式である。

6)棚蔵の構法―「四つ建て民家」の構法の応用
春日井市周辺に以前から「四つ建て」構法による民家の構造形式が存在した。この構造形式は、太い四本の柱が、梁と桁を支える主構造が特徴である。既存民家の形・構造形式を踏襲することで、建築とまちの歴史への連続性がうまれている。

7)外部空間の特徴―外部に開く開口
周辺街区との空間的連続性、外部空間にあらわれる棚蔵の象徴的形態の連続性を考慮して、最低限一か所、庭に開く縦長の開口を設けられた。

9)高気密高断熱化-2020年問題への対応
2020年省エネルギー基準の適合義務が施行された。この基準は、それまでの省エネ性能が大幅に強化されたものであった。この基準を満たすように棚蔵は改修されている。

10)吹抜-室内環境性の向上
居間の吹抜は、中間期(主に春秋期)、重力換気により自然通風を促す合理的な機能をもつ。冬季は、高気密高断熱化を基盤とした放射暖房が有効である。居間の床部には電気またはガス、灯油炊き熱源機器による蓄熱床暖房が採用されている。


(4)建築・まちのプログラム

1)ウェブの構築-「アーキテクチャー」の拡張
棚蔵の発案者である建築家グループは、アーキテクチャーという意味を、ウェブ構築のエリアにまで拡張し、「棚蔵」を社会とつながる仕組みとして提案した。

2)選択が生む価値-限定と境界
棚蔵の構築では、「選択」という行為に着目する。選択とは、ある意味、境界を定めることである。A~Z中どれでもよいというのではなく、AかBかという「選択」という行為を、買手に、販売や、建築・都市とのかかわりのなかに求める。選択する幅を狭めること、限定と境界の設定が価値を生む。その価値は所有者の価値であり、ひいては、関係する他者と、まちの価値へつながってゆくことになる。

3)社会との接続-ウェブサイトの制作
棚蔵の所有者は、棚に趣味を飾ることが要求される。そして、居間の棚を飾るものを紹介するウェブサイトの公開が棚蔵の所有条件となる。ウェブサイトは、モノと空間を介して、所有者とまちや社会をつなぐ節点となる。また、棚蔵のウェブサイトは、棚蔵の総合サイトで紹介され、ウェブの訪問者を楽しませる。

4)ウェブから空間への展開
従来、棚蔵はウェブ上(仮想空間)に公開される空間である。しかし、時を経て、ウェブを介した社会への周知が進み、交流が進むにつれ、実際の所在地を公開する所有者が現れるようになった。すなわち、ウェブ上のアドレスから空間への住所への転換が起こったのである。場所を公開した所有者は、カフェやショップを併設するギャラリーとしてウェブ連動の経済活動を始めるようになる。


(5)「棚蔵」の展開-まちの活性化への貢献

1)漸増する棚蔵
岩成台の1棟を改修することから始まった棚蔵は年を追うごとに少しずつ棟数を増していった。

2)棚蔵の収蔵物
棚蔵の展示物は全て異なる。HPで展示するジャンルは棚蔵ごとに、一ジャンルとおおよそ決められたが、実際は、同様の趣味のようでも、各人の趣味は少しずつ異なるため、自ずと展示内容が異なる結果となった。

3)まちへの展開-「棚蔵の里」
棚蔵の所在が公表され、カフェを併設した棚蔵ができ始めたことから、棚蔵周辺には関連施設がつくられ始める。そして、棚蔵を核としたまちづくりの可能性の展望が開けてきたことを受け、住民団体と春日井市及び建築家グループは、「棚蔵の里」として、本格的なまちの活性化の手段としてPRしはじめた。

4)棚蔵周辺施設の展開-新たな経済活動の芽生え
年数が経過するごとに、所有者が替わりはじめ、周辺施設との関係を築きながら、カフェショップ併設の展示ギャラリー、工房化という、自立的経済活動がますます拡大していった。

5)棚蔵めぐり-交通機関の発達
2020年代後半には、数十棟の棚蔵から選定された棚蔵群をめぐるコミュニティバスが運行されるようになる。

6)新たな価値の創出
2030年代以降、棚蔵を核とした、建築・まちづくりは熟成の域を迎え、街区が昭和・平成期の住民生活、余暇、文化芸術活動を収蔵する、街区全体の「美術・博物園」を構成していると見なされはじめる。そして、建築・都市計画学の分野だけでなく、文化人類学的観点から評価を受けるようになっていった。

※上記の記述は、「棚蔵」の建築プログラムによる2065年頃までに想定されるプロセスを示している。

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